ながらの座・座

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大人ライブLive & Performance

古庭園・大人ライブ VOL.42

カルテットチクルスⅩ
変容する闇の中で

2018.06.03(日) 14:00〜/17:30〜お知らせ, 主催イベント, 大人ライブ, 記録・レポートsold out!!

カルテットチクルスⅩ

2018年 6月3日(日) 14:00開演/17:30開演(2回公演)*開場は開演30分前

曲 目:L.ヤナーチェク:弦楽四重奏曲第1番 「クロイツェル・ソナタ」
    G.リゲティ:弦楽四重奏曲第1番「夜の変容」
    A.ボロディン:弦楽四重奏曲第2番
出 演:ZaZa Quartet(佐藤一紀 谷本華子 中田美穂 金子鈴太郎)

会 場:ながらの座・座                               
定 員:各回40名 昼夜公演共すべて完売しました
参加費:3,500円

主 催:元・正蔵坊と古庭園を楽しみ守る会(ながらの座・座)
後 援:滋賀県 滋賀県教育委員会 大津市 大津市教育委員会 文化・経済フォーラム滋賀

☞チラシ:PDFファイル [6.9 MB]

カルテットチクルスⅩ

Special Report

古庭園・大人ライブ VOL.42カルテットチクルスⅩ
変容する闇の中で

佐藤千晴(フリージャーナリスト)

 梅雨入り前の最後の日曜日、ZAZA quartetのチクルス10回目(2018年6月3日)。夏至まで3週間、日差しに恵まれ、2回目が始まる17時半はまだ夕暮れの気配もない。縁側のガラス戸は取りはずされ、新緑の色と香りが庭園から和室へ流れ込むようだ。

 「変容する闇の中で」というタイトルは、2曲目に演奏されたリゲティの弦楽四重奏曲第1番『夜の変容』から生まれた。この曲を核に、闇夜のイメージが濃いヤナーチェクの弦楽四重奏曲第1番『クロイツェル・ソナタ』と、第3楽章「ノットゥルノ(夜想曲)」の甘やかな旋律が広く親しまれるボロディンの弦楽四重奏曲第2番というプログラム。

 リゲティが圧巻だった。短い八つの楽章で構成された20分のほどの作品。不協和音の中に時折、民族音楽の舞曲のような旋律が聞こえるものの、ベートーヴェンのような古典を聴く感覚では太刀打ちできない難解な現代曲だ。が、手を伸ばせば音楽家に届きそうに小さな空間で気迫あふれる演奏を浴びると、「分かる」「分からない」を超えて強いメッセージが全身に響いてくる。これぞライブの醍醐味。

 チェロの金子鈴太郎は高校時代、先輩が練習していたこの曲に「一耳惚れ」、いつか弾きたいと思い続けてきた。「一音も無駄がない。譜面も本当に美しいんですよ」。ZAZA quartet結成から5年、演奏を重ねて「この仲間となら」と、
ついに20年越しの念願を実現した。
 演奏も難曲だが「レパートリーにこの曲があるのが弦楽四重奏団の世界標準」だとヴァイオリンの佐藤一紀は言う。
 月曜日から土曜日まで「ながらの座・座」で連日7時間の練習を重ねて日曜日の本番を迎えた。「座・座」は創造を育む場、聴き手はそのプロセスへの参加者。そこに一般的な演奏会場にはない個性と面白さが光る。
 
ジェルジ・リゲティ=アルディッティ弦楽四重奏団がリゲティの弦楽四重奏曲を演奏したCD(ソニー)の ライナーノーツから ジェルジ・リゲティ(1923〜2006)はハンガリー出身、20世紀後半を代表する作曲家のひとりである。その音楽はスタンリー・キューブリック監督の映画『2001年宇宙の旅』にも使われた。2001年に京都賞を受賞、京都で記念講演やワークショップが開催された。
 生地のトランシルヴァニア地方トゥルナヴェニは、彼が生まれた頃はハンガリー領だったが、現在はルーマニア領。昔からルーマニア人、ハンガリー人、ドイツ人、ユダヤ人などが暮らす多文化の地だったという。ユダヤ人家庭に生まれたリゲティは父と弟をナチスの強制収容所で亡くしている。
 第2次世界大戦後も共産党独裁の下で苦難の日々は続いた。音楽も文学もモダンなものは禁じられ、ハンガリーが生んだ大作曲家バルトークの作品も多くが演奏禁止だった。リゲティは1956年のハンガリー動乱(ソビエト連邦の抑圧に対して市民が蜂起したが、ソ連軍に制圧された)直後に徒歩で国境を超え、オーストリアに亡命した。

 弦楽四重奏曲第1番はまだハンガリーにいた1953年から54年にかけて書かれた。リゲティは「バルトークの弦楽四重奏曲第3、4番の影響の下で作曲した」とCDのライナーノーツに記したが、その演奏は禁じられ、楽譜を見ただけだったという。書いた作品が演奏される見込みももちろんなかった。初演は1958年、ウィーン。やはりハンガリーから西側へ亡命したラモール弦楽四重奏団が演奏した。

 リゲティは後に電子音楽を手がけるなど「音の空間性」を追求した作曲家だが、弦楽四重奏というミニマムな形で、頭の中だけで構築したこの曲にもすでにその萌芽を感じる。佐藤一紀は「演奏者が座・座の和室の四隅で弾く形でもやってみたい」と、音の空間を積極的に演出するスタイルも思い描く。

 リゲティは「バルトークと並ぶ密かな規範」としてベートーヴェンのピアノ曲『ディアベリ変奏曲』を挙げている。メロディーや響きは現代音楽=モダンだが、音のモチーフを変容、発展させる技法は伝統を意識した、と。「モダンと伝統」は対立するものではなく、共産党の芸術への弾圧に抗する二重の防護壁だと彼は考えていた。

 1曲目に演奏されたヤナーチェクの弦楽四重奏曲第1番は、トルストイの中編小説『クロイツェル・ソナタ』に霊感を受けた作品。妻とヴァイオリン奏者の不義を疑い、妻を殺してしまったロシア貴族が、たまたま夜汽車で乗り合わせた男に顛末を告白するという、なんとも救いのない小説である。妻のピアノでヴァイオリニストが奏でるベートーヴェンのヴァイオリンソナタ第9番『クロイツェル』が激情を呼び起こし、運命の転機となる。
 音楽的には特にベートーヴェンとの関連は聞こえてこないが、トルストイが描いた嫉妬や苦悩、悲劇が痛切な音であぶり出されるようだ。
 レオシュ・ヤナーチェク(1854〜1928)はチェコの作曲家。日本では村上春樹の小説『1Q84』の重要なモチーフとなった『シンフォニエッタ』の作曲者として脚光を浴びたが、同じチェコでもドボルザークやスメタナほどの知名度はない。玄人好みの作曲家といえようか。
 ドボルザークとスメタナは首都プラハのあるボヘミア地方の出身だが、ヤナーチェクは東部モラヴィア地方の出身だ。ボヘミアが西欧的・都会的な文化圏であるのに対し、モラヴィアはスラヴ的・農村的といわれる。国内で微妙な格差があるようで、モラヴィアで認められたヤナーチェクの才能は、ボヘミアではなかなか評価されなかった。
 ヤナーチェクは故郷のスラヴ文化を愛し、民俗音楽を研究し、言葉の抑揚が民謡に結びついていることに着目してそれをオペラ作品に活かした。そんなローカルから出発した音楽性が国際的に評価されるようになったのは20世紀後半以降のことだ。
 作曲家の背景はさておき、この弦楽四重奏曲は20世紀音楽のとんがった匂いも濃い。ヤナーチェクは終生、モラヴィアからほとんど出なかったというが、風土を超えて時代は共振するのだろうか。

 最後の曲目、ボロディンの弦楽四重奏曲第2番が始まるころに、あたりはようやく薄暮となり、庭園がライトアップされた。
 リゲティとヤナーチェクの「夜」は苦悩や悲劇的な運命に包まれていたが、ボロディンは対照的に甘く、幸福な「夜」の音楽である。初夏のひんやりした夜風を感じながら音に身を委ねる。
 第1楽章は初めて聴いてもノスタルジーを感じるような旋律で始まる。第3楽章「ノットゥルナ」(夜想曲)は聞き覚えがあった。かつてNHKFMの音楽番組でテーマ曲として使われていたのだ。まさに懐かしいメロディー。
 ヤナーチェク、リゲティの緊張から一転、リラックスした時間が流れる。密室のコンサートホールよりも座・座のように開放的な空間が似合う音楽だ。
 アレクサンドル・ボロディン(1833〜1887) は帝政ロシア期の作曲家。サンクトペテルブルク大医学部の生化学の教授としても業績を残した。医者と芸術家の両立は、森鷗外(1862〜1922)を連想させる。
 弦楽四重奏曲第2番は1881年に作曲、82年に初演。留学先のドイツで出会ったロシア人ピアニストの妻エカテリーナに愛を告白してから20周年の記念に、妻に捧げられた。作品が生まれた経緯からして幸せいっぱいなのである。

 カルテットチクルスも残り2回、ベートーヴェンはこの秋に完結編を残すのみ。ベートーヴェンと、様々な作曲家とを交互に奏でながら成長してきZAZA quartetの集大成が楽しみだ。(佐藤千晴)

新緑で溢れかえる庭 池に映る不思議な風景
池に映る不思議な風景 演奏に合わせて戯れる池のイモリたち
佐藤一紀(ヴァイオリン) 谷本華子(ヴァイオリン)
中田美穂(ヴィオラ) 金子鈴太郎(チェロ)
座・座式鑑賞スタイル